「倉持〜!ボール行ったぞ!」

「よっしゃ任せろ!」





倉持くんの声は、良く響く。
独特の甲高い笑い声が聞こえてきて、思わず窓の外に目をやれば、倉持くんがサッカーボールをシュートしようとして空振りしたところだった。「何やってんだよ〜」なんて言うクラスメイトの御幸くん達に「悪い悪い」と軽く手を上げながら謝って、倉持くんがグラウンドのこっち側に走ってくる。目が、合った気がした。
思わず、窓から視線をずらして黒板の方を向き直る。目が合う?ううん、そんなわけ無い。
だって、私はグラウンドとは離れた校舎の3階の教室にいるのだ。いくら窓側の席だからって、あんなところにいる倉持くんと目が合うなんてあるはずがない。きっと、ただの勘違い。私が、倉持くんのことを見てばっかりいるから。



倉持くんとは1年生の時に同じクラスだった。
野球留学してきた倉持くんは私とはまるで正反対。すごく元気で、明るくて、いつでも楽しそうに見えた。私はといえば、本ばっかり読んで運動も苦手。だから、きっと倉持くんと会話することなんて無いだろうと思っていたし、私から話しかけることも無かった。プリントを集めたりとか、そういう業務的なことしか話したことが無かったのだ。
そんなある日、図書室でいつものように本を借りようとしていた私が必死に背伸びをして高い位置にある本を取ろうとしていたところを助けてくれたのが、「野球の極意」という本を手にした倉持くんだった。こんな少女マンガみたいな、ベタな恋愛映画みたいなことがあるのかと思ったけれど、そのときめきは多くの女子に受け入れられるからこそベタなんだろう。あっけなく、私はベタな展開で倉持くんに恋してしまった。
倉持くんが図書室にいるなんて想像が出来なかったから、「倉持くんが図書室いるって、なんか変な感じだね」なんて失礼極まりないことを言ってしまったにも関わらず、倉持くんは笑いながら「俺の得意科目、現国だぜ」と言いながら私に本を手渡してくれた。
それ以降、業務的なこと以外にもいろんなことを話すようになって、教室の片隅で本を読んでいるだけだった私の世界はちょっぴり広がった。今まで見たことがなかった野球も見るようになったし、夏は暑いなか地区予選の応援にも行った。
すっかり倉持くんに夢中だったわけだけど、進級と同時にクラスは離れてしまって、私と倉持くんの接点はほぼ無くなってしまった。
唯一といってもいい機会は、こうやって倉持くんのクラスが体育の授業の時にこうして窓からグラウンドを走り回る倉持くんの姿を追いかけることなのだ。だから、今日もこうして退屈な英語の授業中に倉持くんを見つめているわけだ。



野球は上手な倉持くんだけど、サッカーはあんまり得意じゃないのかな。さっきから果敢にゴールを狙ってるみたいだけど、なかなかシュートが決まってない。なんか意外だ。
見てて飽きないなあ、かっこいいなあ、そんなことを考えていればあっという間に授業終了のチャイムが鳴って、倉持くんの姿は見えなくなってしまった。











「席替えしまーす」



中間テストも終わって気分転換を図ろうというのか、クラスの数人の女の子たちの提案によりくじ引きによる席替えが行われることになった。
今の席は、位置的には前でも後ろでもなくいわゆる特等席というわけではないんだけど、でも倉持くんが楽しそうに体育の授業を受けている倉持くんをこっそり見つめることが出来る、私にとってはこの上ない特等席だったのに。恨みっこ無しのくじ引きじゃまた窓側の席になれる可能性は高くはない。

出来ることならまた窓際で。

そう願いながら、「はい、の番だよ」と促されるがままに小さく折りたたまれた紙を選び取った。開いたそこに書かれていた番号を、黒板に示された座席表の中から探す。真っ先に窓側の番号を確認したけれど、私の番号はそこには無い。私の引っ越し先は、窓とは一番離れた廊下側だった。
ああ、倉持くんのこと見られなくなっちゃうのか。
退屈な英語の授業中に外から倉持くんの楽しそうな笑い声が聞こえてきても、その笑顔見られないんだ。
いくら嘆いても仕方のないことだから、荷物をまとめて席を移動する。
ちょうどこの休み時間のあとは、倉持くんのクラスは体育の授業のはずだ。
倉持くんの笑い声を聞きながら、見ることが出来ないあの眩しい笑顔に想いを馳せながら退屈な授業を乗り越えよう。そう考えながら、読みかけの小説に再び視線を落とした。











「あれ、じゃん。席替えしたのか?」



席替えをしてから約1週間後の昼休み、お弁当を食べ終えて、買ったばかりの新しい小説を読み始めたところだった。私のすぐ横、開いていた廊下の窓から倉持くんがひょっこり顔をのぞかせている。
たった1週間姿を見かけなかっただけなのに、恋する乙女はとてもナイーブだ。なんだかすごく懐かしい気がする。ヒャハハと笑うその笑顔、そんな間近で向けられたら心臓がどうにかなってしまいそうだ。



「うん、先週ね。ていうか、良く分かったね」

「ん?だって、前まで窓側の後ろから3番目の席だったろ?」

「そう、だけど・・・・・・倉持くんって私のクラス来たことあるっけ?」

「えっ!?あ、いやっ、その・・・っホラ、体育ん時下から見えたっつーか。一回目合ったことあんだろ」



その言葉に、一層ドキリと心臓が高鳴る。
倉持くん、グラウンドから校舎見えてたんだ。もしかして、私が倉持くんを見てたことバレてしまっただろうか?いや、それよりも、グラウンドの倉持くんと目が合ったのって単なる私の勘違いじゃないの?
急にドキドキして変な汗が流れるのを背中に感じて、開いたばかりの本をパタンと閉じて、きゅっと手を握りしめる。



「・・・まっ、席替えして良かったような悪かったような、って感じだな!」

「どういう意味?」

「・・・・・・が、見てると思うと『かっこいいとこ見せてやんねーと』って思って逆に空回って御幸に笑われっから」

「え、っと、あの、倉持くん・・・」

「けどいざお前が見てねえと思うとやる気も出ねーんだよな、」



頬を掻きながら、倉持くんがぽつりと呟く。そんな倉持くんの耳は真っ赤だ。多分、負けず劣らず私の頬っぺたも真っ赤だろうけど。



「まぁ今度からは廊下通るたびにと会えるし、やっぱ席替えして良かったかもな!」

「うん、私も、席替えして良かった」



眩しい笑顔の倉持くんが、くしゃりと私の頭を撫でる。
窓越しの片想いが両想いに変わる、それはまるで流行りの恋愛映画みたいにドラマチックな瞬間だった。





ウインドウズ・ラブ・シネマ

「てか、倉持くんって視力良いんだね」
「ばーか、俺を誰だと思ってんだよ。青道のリードオフマンだぞ!」
「そういえばそうだった、サッカーあんまり上手じゃないから忘れてたよ」
「そりゃお前のせいだっての」