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青葉城西高校バレー部に入部したその日、俺の目の前に現れた人はとてもきれいな人だった。一つ年上とは思えない、同じ高校生なのかも疑ってしまいそうな、かなり大人びた人。俺と岩ちゃんの入部届けを受け取りながら、「じゃあ新入生の顔合わせは来週の月曜日だから、放課後体育館に着替えて集合してね」と動く小さな唇に、俺の視線は釘づけだった。なんてきれいなんだろう。その唇から零れるその声で、呼ばれる俺の名前はどんなに刺激的だろう。そんなことを考えながらぼんやり立っていた俺を不審に思ったのか、岩ちゃんが背中に一発平手を喰らわせる。その衝撃で我に返ると、目の前にいた彼女はもういなくなっていて、横にいつものように眉間に皺を寄せた岩ちゃんが立っているだけだった。 「岩ちゃん」 「あ?何だよボゲッとして!さっさと1年棟帰んぞ!グズ川!」 「俺、あの人のこと好きになっちゃった」 「はぁ!?なななな何いきなり言ってんだ!!」 さん。それがきれいな彼女のきれいな名前だった。 男子バレー部マネージャーのさんは、男子にとてもモテるらしい。部活に向かう時、校舎の陰で誰だか知らない男子と向かい合っているさんを見たことがある。あと、部活終わりに呼び出されていくさんも見たことがある。バレー部新入部員の中でも、「先輩、今日もきれいだったな」「3年の西尾って人と付き合ってんだろ」みたいな会話は尽きることが無い。そして最後にみんなこう言う。「俺なんかじゃ釣り合わない」って。そうだ。あんなにきれいな人の隣にいられるのは、同じようにきれいな人でなくちゃ。確かに、さんを呼び出していたのは、他の女の子たちからキャーキャー言われるような、そういう類の人たちだった。西尾とかいう人も、去年の青城文化祭のミスコンで優勝した人らしい。そうだ。きれいな人にはきれいな人がふさわしい。そういう話を帰り道に岩ちゃんにしたら、「あっそ」の一言で流された。 「だからさあ、例えば岩ちゃんがさんに告白しようとするでしょ?そしたら俺は全力阻止するフグッ!?」 「お前殴るぞ」 「〜〜〜ッ、もう殴ってるじゃん!岩ちゃんのばーかばーか」 「左からも鼻血出すか?」 「やだよー俺のきれいな顔が羨ましいからって傷付けないでヘブシッ!?」 「あとはどっから血出す?」 「痛いなあもう!」 「で、何が言いたい」 「おお、さすが岩ちゃん!俺が本当に言いたいのは岩ちゃんの顔面のことじゃないってちゃんと分かってる!」 「ほんっとムカつくヤローだなお前は」 「つまりね、俺はさんに告白するって言いたいの!」 「・・・・・・」 「俺は、さんにふさわしい」 そのあともう一発後頭部を岩ちゃんに殴られて帰宅した。最後の一発で顔を殴らなかったのは、岩ちゃんなりの俺への応援なんだろう。鼻に詰めていたティッシュを取り除いて鏡を覗けば、そこには見慣れたきれいな顔が映る。少年のような無邪気さと、成長途中の不安定さと、不意に見せる大人びた視線。全部ぜんぶ俺の武器だ。 さん、俺はまだあなたのことを殆ど何も知りません。知っているのは、名前と声と、それからあなたがとてもきれいだということだけです。さんも俺のことは何も知らないでしょう。でもそれでも大丈夫です。知らないことは、これから知っていけばいい。さん、俺はあなたが、きれいなあなたが、大好きです。例えそのきれいなあなたの中に、ぐちゃぐちゃな部分があったとしても、きれいなその唇で俺の名前を呼んでくれるなら。 |