きれいな薔薇には棘があるっていうのは有名な話だ。それはもちろん、きれいなさんにも当てはまる。きれいなだけで生きていけるほど、世の中そう甘くない。俺でもそれくらい分かる。だから、さん安心してください。たとえあなたがどんなに鋭い棘を持っていて、その棘に猛毒があるとしても、俺はさんを力いっぱい抱きしめることが出来ます。それで死んでしまうなら本望です。それだけあなたが大好きです。
部活終了後に呼び出したさんにそう告げたら、さんはびっくりしたような顔をして、それから困ったように笑った。





「及川くん、気持ちは嬉しいんだけど、私付き合ってる人がいるんだ」

「西尾さん、ですよね?知ってます。かっこいい人ですよね」

「うん。だから、及川くんとは付き合えない。ごめんね」

「俺、何でもします。さんの言うことなら」

「・・・・・・」

「・・・俺は、さんになら、傷付けられてもいいんです」

「本当にそう思う?及川くん、後悔しない?そのきれいな顔が傷付いても?」

「俺は、どうやってでもさんの傍にいたいです」





こうして、さんと俺の、誰にも言えない関係が始まった。










朝練の無い月曜日、さんは西尾さんと腕を組んでそれはそれは仲良さげに登校してくる。校門のあたりでばったり会うこともあれば、途中で追い抜くこともある。並んで歩く俺と岩ちゃんに気付いて、わざとらしく俺の方を見ながらにっこり笑って「及川くん、岩泉くん、おはよう」と挨拶をするさんは、やっぱりきれいだ。「お、バレー部の後輩?」なんて一緒に手を小さく上げる西尾さんも、相変わらずきれいな人だ。傍から見れば、非の打ちどころのない組み合わせだろう。現に二人の登校の場に居合わせた周囲の人間は、口々に「西尾さんとさん、やっぱりお似合いだよね」「美男美女ってああいうの言うんだろうな」と囁く。そうだ。きれいな人にはきれいな人が隣にいなくちゃダメだ。今隣にいるのがたとえ俺じゃなくても。





さん、おはようございます」

「今日も岩泉くんと一緒?彼女とか作ればいいのに、ねえ岩泉くんもそう思うよね?」

「え?ああ、まあ。でも出来たら出来たで自慢してきて相当ウザいですよ」

「ちょっ、岩ちゃん、先輩の前でそうゆうこと言わないで!」

「バレー部って相変わらず仲良いな。あ、そろそろチャイム鳴るぞ。行こう

「うん。じゃあまたね」





俺じゃない人と手を繋いで昇降口に向かう二人の背中をぼんやり見送る俺の背中を、いつかのように岩ちゃんが一発殴る。本当に、岩ちゃんは暴力的だ。少しくらい俺に優しくしてくれたってバチは当たらないのになあ。一つ文句でも言ってやろうとしたら、先に岩ちゃんが口を開いた。





「お前、今すっげー顔してたぞ」





女心はさっぱりなくせにこう言う時だけ感が鋭いというか気がきくというか、岩ちゃんって変なの。










教室に入って自分の席に着いたところで、ポケットの中の携帯が小さく震えてメールの受信を告げた。さんからだ。マナーモードにしていなければさんのためだけに設定したメロディが流れるんだけど、学校の中だからそうはいかない。机の下で携帯を開くと、聞こえるはずの無いさんのきれいな声でメールの本文が再生されていく。そんなはずはないのに、無機質な文字で綴られている「徹くん」という名前が、まるで違うもののように見える。さんの言葉で紡がれる名前は、どうしてこんなにも俺を縛り付けるんだろう。『徹くん、今日暇だよね?』短いその一文が示す放課後の出来事に、自然と鼻歌を歌ってしまいそうになる。俺は一瞬でも早く、さんに傷付けられたい。





「・・・ねえ徹くん、こういうのって良くないんだよね」

「それは、相手が訴えたりした場合はそうかもしれないですね」

「じゃあ私は大丈夫、なのかな?」

「大丈夫ですよ、さん」

「そっか」

「だから、もっと、」

「ねえ徹くん、痛い?」





さんは、俺を傷付けるのが上手だ。俺がさんのことを好きだと知っていて、俺の目の前で他の誰かと仲良くして「彼女作らないの?」なんて言って、俺の心を傷つける、そういうことではなく。俺はそんなの全然痛くない。さんは、きれいな顔をして俺の身体に傷を付けていく。それは殴打だったり足蹴だったりするけれど、二人きりの部屋でさんが何度もそのきれいな唇で俺の名前を呼んで、きれいな手や足で俺を傷付けていく、誰にも言えないさんと俺の関係。
西尾さんとの関係とは全く違う。さんは、西尾さんとはきれいな関係だよ、と教えてくれた。さんは西尾さんを傷付けたりしない。たぶん、西尾さんもさんを傷付けたりしないんだろう。だとすれば、西尾さんはどこに棘を隠しているのかな。まあ俺が考えてもどうしようもないことだから、すぐ考えるのをやめてしまった。
俺はさんの棘に触れられているならそれで充分だ。











びじんのいばら