「ねえさん、ホテル行こっか」





爽やかに微笑みながら爽やかとは程遠い下卑た台詞を平気で口にする彼の頬を引っ叩くことが出来る人間は、あまり多くはないと思う。はっきりした目鼻立ち、無造作に見えてきちんとセットされている髪型、いわゆるイケメンの彼、及川徹くんは、きっとこの笑顔と台詞でたくさんの女の子をお持ち帰りしているんだろう。
そんな及川くんが私を誘ったのは、新郎新婦それぞれの友人代表として披露宴後の2次会の企画や進行を担当し、無事に二次会を終えて会場を出たところだった。ジューンブライドの言い伝えの通り、私の友人の新婦は及川くんの友人である新郎の隣でそれはそれはとても幸せそうに微笑んでいたけれど、式場の外はまさに梅雨そのものの天気で、それは二次会を終えてゲストが全員解散した後でも相変わらず、雨はしとしとと降り続いている。
貸し切っていたレストランの軒先で、及川くんは強引に私の手を握って微笑んだ。





「なに、及川くん。二次会で飲み過ぎたんじゃないの」

「酔った勢いで女の子をホテルに誘うほど落ちぶれてないつもりなんだけどな」

「みんなにそういうこと言うんでしょう」

「さあ、どうだろうねえ?」

「・・・・・・いいよ、行ってあげる」

さんならそう言ってくれると思った」





ホテルに行くということがどういうことか分からないほど子供じゃない。及川くんがそうであるように、私もそうだから。もちろん私が誘うわけではないけれど、私にとってセックスなんてそれほど大きな意味を持たないのだ。寧ろスポーツくらいでしかない。こういうことを言うと大抵の人は私を軽蔑するし距離を置かれて人間関係に支障をきたすから黙って大人しくしているけれど、分かる人には分かるんだと思う。及川くんがそうであるみたいに。
及川くんが手を挙げて停めたタクシーに乗り込んで、ホテルが立ち並ぶ一角に向かう。膝の上でバッグを支えていた手に及川くんの手が重ねられて、視界が暗くなったと思ったら、及川くんの唇で私の唇が塞がれた。タクシーの運転手さんが気まずそうに視線をずらすのをルームミラー越しに確認して、目を閉じて及川くんのキスを受け入れる。ほんのりとワインの味が残る温かな舌が絡んで、どうしようもない水音が車内に小さく響いた。存分に舌を絡ませた後で、リップ音を立てて及川くんの唇が離れる。





「・・・ちょっと、タクシーの中なんだからやめてよ」

「ごめんね、さんが可愛いから我慢できなくて、つい」

「ごめんなんて思ってないくせに」

「やめてなんて思ってないくせに」

「・・・・・・なにそれ、知ったふうなこと言わないでよ」

「分かるよ。だって、さんと俺、似たもの同士だもん」





そう言って及川くんがもう一度私にキスをしようと顔を近付ける。キスを拒む理由なんて無いけれど、及川くんの言うことが図星でこのまま言うことを聞くのは癪だから、咄嗟に手にしていたパーティーバッグで唇をガードした。ざまあみろ、と思う。「さんのけちー」なんて言いながら及川くんが身体を離して、それから「あ、ここでいいです」といってタクシーを止めた。タクシーから降りると、一見そういうホテルとは思えないリゾート風なデザインの綺麗なホテルの目の前だった。及川くん御用達、なんだろうか。確かに女の子はこういうところ好きそうだけど。ちらりと看板に目をやると、この近辺の相場にしては高めの数字が並んでいる。
慣れた手つきで何の躊躇いもなく一番高い部屋のボタンを押して会計を済ませる及川くんの背中を眺めながら、ああやっぱり、この人はこういう人なんだなあとぼんやり考える。女の子を喜ばせるための行動を一つ一つ自然にこなす、決してわざとらしくなく、だけどそれでいて女の子に対する欲望は隠したりしない。





「ねえ及川くん、ここ御用達なの?」

「さあね。そんなのどうでもいいじゃん、」

「、やだ、待って、まだお部屋に入ってない、」

「待てない」





エレベーターの壁に押し付けられて、強引に唇を塞がれる。タクシーの中でのキスとは違う、もっと乱暴で欲望をぶつけるみたいなキスだ。するりと及川くんの手が動いて、ドレスの裾が捲りあげられるのを感じた。エレベーターの扉が開いて、そのまま及川くんにほぼ抱えられたような状態で部屋になだれ込む。ベッドよりも先にソファの上に2人で倒れ込んで、一瞬でも唇を離すのも惜しいかのようにキスを続けながら、私は及川くんのジャケットを脱がしネクタイを解きシャツのボタンを外し、及川くんは私のドレスのリボンを解きファスナーを下げ肩ひもをずらした。服が皺にならないように、なんてそんな気遣いは最早皆無だ。お互い脱がせあった服は乱雑に部屋の床に投げ捨てられた。
やっと離れた及川くんの唇は、私のルージュでほんのりと赤く色づいてとても扇情的だと思う。肩口に及川くんが顔を埋めて、ぺろりと首筋、鎖骨、胸元の順に舌を這わせていく。6月とはいえ雨が降る夜で少し冷えた体にぬるりと温かい舌と熱い吐息が触れて、嫌がおうにも身体が反応する。とっくに及川くんの右手で簡単にホックを外されていたブラはただ私の胸の上に乗っかっていただけで、私の身体に舌を這わせる及川くんが邪魔そうに取り去って床に落とした。既に硬くなった胸の頂点を口に含んで、ちゅうっと吸い上げられたり舐められたり、そのたびに私の口からは甘い声が漏れる。この声は、私の武器だ。鼓膜から相手を刺激して、今の私はあなただけのものだと訴える。
胸を愛撫しながら、そっと及川くんの右手が私の脚の間に伸びる。唯一脱がされていなかった下着は、最早その役割を果たしていないほどに濡れて張り付きその形を浮かび上がらせている。下着の上から何回か指で往復した後、隙間から指が侵入してきてそのままぐいっと中に押し込まれた。どれだけセックスをしても、この瞬間の圧迫感は無くならない。思わず一際高い声が漏れてしまう。





「ふっ、あ、・・・っ及川く、ん・・・、」

「なあにさん、そんな可愛い顔でどうしたの」

「、下着、脱がせてよ・・・汚れちゃうっ、」

「え?もうとっくに汚れてるんだからいいでしょ?ねえ、今更脱いでも意味ないよ」

「やっああ、んっダメそこ・・・っあ、待って、及川く、いやぁっあっああっ」

「なに、ちゃんと喋ってくれないと分かんないよさん」





必死に言葉を紡ごうとするのに、大事なところで及川くんが意地悪に唇をキスでふさいで遮るから全然きちんと喋れない。その上いちばん気持ちいい所を及川くんが刺激するからますます言葉は形を成さなくなってしまう。これ以上は、ほんとうに、下着が大変なことになってしまうから、せめて脱がせてからにしてほしいのに、及川くんは意地悪そうに笑ったまま指を動かすことを止めない。私の意見なんて、最初から聞く気無いんだ。執拗にそこを攻められて、我慢できずに吹いてしまった潮で下着とソファ、それから及川くんの手をびっしょりと濡らしてしまった。
乱れた呼吸を整える暇も無く、及川くんが自分から下着を脱いで取り出した既に硬く立ち上がったそれを口に押し込まれる。ソファに仰向けの私の上に及川くんが跨って両手で頭を固定されているから拒もうにも拒めず、口の中いっぱいに独特の味が広がった。苦しくて涙が滲むのに、及川くんは恍惚とした表情で私を見下ろしていて、腰の動きを止めるそぶりは一ミリも無い。飲みこみ切れなかった唾液が唇の端から零れて、何とも言い難い水音と私のくぐもった声にならない声、それから及川くんの荒い呼吸がホテルの部屋にこだまする。及川くんはしばらく私の口内を犯した後ようやく口からそれを引き抜いて、ついでにびしょ濡れになった私の下着も一気に取り払って、ぐいっと左右に開かれた私の脚の間に唾液でべちょべちょのそれを擦り付けた。それから一気に私の中に押し込む。





「・・・あー、きつっ・・・」

「んうっ、あっ、・・・っん、」

「ね、さん・・・、」

「・・・なに、」

「あのね、俺のこと、名前で呼んでくれる」

「とお、る・・・?」

「ん、そう・・・、」

「なに、」

「あのね、俺ね、・・・・・・」





「俺ね、」の後に続けて言葉を紡いだはずなのに、全く私の耳には入ってこない。及川くんが、徹が私の腰を抱えて強く深く奥まで腰を打ちつけたから。もう一度言ってとお願いしようとしても、激しく揺さぶられて声が声にならずに上擦った吐息と一緒に音が零れるだけだ。さっきまでの恍惚とした表情とは変わって、今は少し眉間に皺が寄っている。そんな表情がとても色っぽくて、徹の腕に添えていた手を移動させて背中に回す。それが合図であったかのようにさらに徹が腰を打ちつけるスピードが上がった。そんなにされたら、また我慢できずに、潮を吹いてしまう。徹が腰を打ちつけて引き抜く度にじゅぷじゅぷと音を立てて溢れだしてソファに大きな水たまりを作っていく。
一際奥まで突いてから引き抜いた後、既にぐったりとした私を軽々と徹が抱き上げてソファからベッドに移された。そのままくるりと身体を回転させられて四つん這いの格好になる。腰を掴まれて、正常位よりもさらに奥深く突き上げられる。まるで人間じゃないみたい、本当に犬かなにかの動物だ、貪るように何度も何度も奥を突かれて、もはや喘ぎ声というより啼き声のような声が、荒く乱れた呼吸と共に零れおちる。
そこから脚に手を添えられてうつ伏せにされたあと、徹が背後から覆い被さって耳たぶをぺろりと舐め上げた。ぐいぐいと圧迫されつつも徹の体温を背中から感じて、耳に懸かる徹の吐息が熱くてくすぐったい。シーツを掴む私の手に徹の手が覆い被さって、密着したまま徹のされるがままだ。





「っ、イきそ、・・・」

「あっん、ふ、あぁっ、やあぁっ・・・っあ、」

「ね、一緒にイこ、」





耳元でそう低い声で囁かれると、無条件に体の奥がきゅうっと締め付けられてしまう。既に何回か絶頂を迎えている私は、徹のなすがままでまた絶頂を迎えようとしていた。徹の体重と体温を全身に感じながら、荒々しく腰を打ちつける徹を受け入れる。背後で徹がくっと息を飲む音がして、それが私の中から引き抜かれてから背中に生温かい液体が落ちるのを感じた。










ティッシュペーパーで背中の液体を拭き取ってから、一番料金の高い部屋ならではの無駄に広いバスタブに2人で浸かる。さっきの行為で崩れたメイクは、浴室に入る前にさっさと落としておいた。背後から徹に抱きかかえられるようにして、ぼんやりと浴室のテレビを眺める。深夜番組特有の少し下世話なトークと笑い声がバスルームに反響する。お互い何にも言わないで黙っていたけれど、不意に徹が口を開いた。





「ねえ、

「なに」

「付き合おっか、俺たち」

「突然どしたの、別に責任とってなんて言うつもり無いよ私」

「そういうの関係なくて、普通に恋人として付き合おうよ」

「・・・徹って、私のこと好きなの?」

「うん。好きだよ」

「・・・・・・会ったのまだ3回くらいだけど」

「そんなの関係ないし。それに、俺たちは似た者同士でしょ」





背後からお腹に回されていた手に力が込められて抱きしめられる。首筋に徹が唇を押しつけて、チリッとした痛みと同時にキスマークがつけられた。まだ徹と付き合うとも言っていないのに、随分と自信家だ。そのまま何度も場所を変えては徹がキスマークを付けていく。シャツを着てしまえば見えなくなるであろう絶妙な位置に、いくつも所有の証を残す。
それに満足したのか、肩に徹がこてんと顎を乗っけて、私と同じ目線になってからぽつりと呟いた。





「他人の幸せを見て無いものねだりなんて不幸なこと、一緒にもうやめようよ」











降伏(幸福)
(しあわせにこうふくせよ)