「今日、七夕だねえ」





お昼休み、こっそりと理科準備室に潜り込んで、別に何をするわけでもないけれど徹と肩を寄せ合って取りとめのない話をしていた時、ふと徹がそう呟いた。期末テストの忙しさと、もうすぐ本格化する受験戦争に向けての勉強でほとんど意識していなかったけれど、確かに今日は1年に一度の織姫と彦星が天の川越しに出逢うことが出来る日だ。単語帳と睨めっこしながらなので視界にはほぼ入っていなかったけど、通学路の途中の商店街の真ん中に設置されている大きな笹にはたくさんの色とりどりの短冊にお願い事が書かれているんだろう。それなのに、今日は一日中止むことなく雨が降り続くと、朝のニュースでお天気お姉さんが悲壮な面持ちをしていた。





「でも今日雨だよ、天の川見えないね」

「あ、でももしかしたら夜は止んでるかも」

「そっか、じゃあ図書室で勉強してから帰ろうかな」

「俺も今日部活オフだし、と一緒に勉強して帰ろっと」

「政経教えてほしいなー」

「じゃあ俺生物教えて」





放課後に図書室の一番奥の自習スペースで落ち合うことを約束して、一回だけキスをして理科準備室を後にした。七夕だからって特別なことは何もない、私と徹の関係。付き合ってることを隠しているわけでもなく、かといってひけらかすこともなく、毎日同じように朝「おはよう」と挨拶をして、お昼休みにこっそり理科準備室で2人きりになって、放課後は徹の部活が終わるまで私が図書室で勉強をして一緒に帰る、それは今日だって一緒だ。
リアリストってわけでも無いけどロマンチストでも無い、でももし天の川越しに邂逅する2人が見られるなら、そんな2人の幸せにあやかってみたいとこっそり思うのだ。











そんな淡い期待を見事に打ち砕いて、放課後図書室で勉強を終えて外に出てみても雨は止んではいなかった。困ったような顔で肩をすくめて徹が笑う。がさごそと折り畳み傘を探していたら、徹が「一緒に入れば?」と言って、大きな傘を開いた。いくら傘が大きいとはいえ、徹だって大きいのだから、私と一緒に入れば優しい徹は私が濡れないようにと気を遣って自分の肩が濡れても構わず私に傘を傾けるだろう。それで部活に勉強に忙しい徹が風邪を引いてしまうのも嫌だし、自分の傘を出そうとしたのに、やんわりとそれを制されて、手を取られて徹の傘の中に引き込まれてしまった。





「ちょっと、徹濡れちゃうよ」

「いいのいいの、たまには相合傘もいいじゃん!ね、

「仕方ないなあ、ちゃんと半分こにしてね」

がもっと俺にくっつけばいいんだよ」

「歩きづらい」

「もう、ったら照れ屋さん」

「うるさいなあ!いいから、さっさと帰ろ!」

「はいはーい」





2人並んで校門を出た。ぱらぱらと雨粒が傘を叩く音が鼓膜を震わせて時折会話の邪魔をするけれど、逆に考えれば私と徹を外の世界から遮断するようで、まるでお昼休みの理科準備室のように、即席の2人だけの世界が出来上がる。すれ違う人も、追い抜く人も、みんなそれぞれ傘の下でそれぞれの世界を作っているのだろうか。そんなことをふと考えた。





「ねえ、は織姫と彦星は今どうしてると思う?きちんと会えてると思う?」

「んー、雨だしね・・・会えてたらいいなあとは思うけど」

「そっか。俺はね、ちゃんと会えてると思うんだ。さらに晴れてる日以上に幸せだと思う」

「どうして?」

「だって、天の川って雲よりもっともっと高いところにあるんでしょ」

「うん、そだね」

「そしたらさ、雲が2人をみんなの目から隠してくれてさ、2人きりのデートが出来ると思わない?」





「今の俺とみたいに、ね」不意に徹が立ち止まって、背を屈めたと思うと一瞬だけ触れるようなキスを唇に落とした。ちょうど人通りが途切れた瞬間ではあったけれど、もし誰かに見られたらどうするんだという羞恥心で非難の声を上げようとしたけれど、徹の人差し指に止められる。徹の大きな傘が、さっきよりも至近距離にいる私と徹をすっぽりと覆って、傘の中は本当に2人きりの世界だ。





「ねえ、こうしてるとこの世界に2人きりみたいだね」

「・・・うん、かなり小さいけど」

「いいんだよ、小さくても。がいてくれればさ」

「そういうもん?」

「そういうもんだよ、俺の欲しい世界なんて」

「そっか、そうだね。私もそれで充分かも」

「でしょ」





徹がにっこり笑って、もう一度キスを落とす。傘の下の2人きりの世界でそのキスを受け入れながら、遠い空の上で誰にも邪魔をされずに邂逅を果たしているであろう2人にそっと想いを馳せた。どうか今日の2人が幸せでありますように、そして叶うことならばいつまでも徹と私と2人の世界が続いていきますように。












(傘の中は2人の小さな世界)