私が初めて「菅原孝支」という男の子の存在をきちんと認識したのは、高1の春から夏に向かうジメジメした頃だったと思う。今にも雨が降りそうな鉛色の雲が重く空を覆っていた放課後、体育館近くの自転車置き場で揉めていた私に声をかけてきたのが、菅原だった。一人の男を巡っての女同士のいざこざというのは、文明が発展する前から存在していて、きっとこれからどれだけ世界が進歩しても無くならないんだろう。私は別に特別なことは何もしてない、連絡先を教えてと言われたから教えて、デートしてと言われたからデートしただけだ。それなのになんでこんな罵詈雑言を浴びせられなきゃならないんだろう。そんなことを考えながら目の前の彼女が言うことを右から左に聞き流していたときに、最悪のタイミングで偶然部活終わりの菅原が通りかかったのだ。





「えっと、あの、・・・?」

「あ、菅原」

「いや、あの、えーっと、一緒に帰るべ」

「・・・うん、」





天然なのか計算なのか、爽やかな笑顔で私の名前を読んで、菅原は私をその場から連れ出した。そしてさっきのことについては何も聞くこともなく、私の家まで送り届けてくれたのだ。烏野高校に入学して同じクラスになったのはいいけれど、菅原とはあまり話をしたことが無かったから、歩いている間は部活のことや趣味、そういう他愛のない話題ばかりを話した。でも、バレーボールについてすごく楽しそうに話をする菅原を見ていたら、なんだか心臓がきゅうっっと締め付けられる感じがした。私、菅原のことが好きになったのか。恋に落ちるのって、本当に突然で、きっかけなんて些細なものなのだ。










菅原の隣は、とても心地が良い。これまでの他の男の子たちとは全然違う。これまでの男の子たちは、何にも面白い話なんてしてくれなかった。いつも私のご機嫌をとっておだてるような言葉ばっかり。だけど菅原は違う。大好きなバレーボールの話、チームメイトの面白い話、この前見つけた激辛麻婆豆腐が食べれる中華料理屋さんの話、全部私にとって知らないことばっかりで新鮮で、だから私はそんな菅原ともっといろんな話がしたくて、月刊バリボーを読んでみたり、麻婆豆腐を食べてみたり、菅原のために努力をするようになった。
菅原に似合う女の子になりたい。メイクの仕方だって変えたし、いわゆる体だけのお付き合いだった男の子たちの連絡先も全部消した。他に誰がいなくてもいい。菅原の傍にいられるなら、菅原の笑顔を一番近くで見られるなら。
あの日から部活帰りの菅原と一緒に帰るのは暗黙のルールになっていて、今日も私は菅原と並んで舗道を歩く。





「なーんか最近、雰囲気変わったべ」

「え、そうかな・・・んー、そうかもしんない」

「なんか、前のより今ののがいいと思う」

「ほんと?例えばどこへん?」

「んー・・・なんていうか、可愛くなった」

「なにそれ、前は可愛くなかったってこと?」

「いやいやいやいやっ!!そうじゃなくてっ!!えっと、だからさ、」

「じゃあどういうことよー」

「えーっと・・・その、」

「なに菅原、急にどもっちゃって」





「・・・のこと、好きなんだ。付き合ってほしいんだけど、」





季節は私と菅原が出会ってから半年と少しが過ぎて、秋から冬に変わろうとしているところだった。










無事に大好きな菅原と付き合えることになって、もちろん前途洋洋とはいかなかった。菅原はあの爽やかな笑顔と優しさで女の子から結構モテていたし、私の悪い噂を知っている女の子たちからは陰口を叩かれることも多い。だけど、そんなのは、隣に菅原がいてくれるなら平気だ。だって私は菅原の一番近くに行くために、他のどの女の子よりも頑張った、だからこうして菅原と手を繋げるのだ。菅原以外の全てを捨てて努力して報われた、それを誰に何と言われようと私には何ら問題は無い。
たまに、ふと泣きたくなることがある。でも、菅原が優しい笑顔で私を抱きしめるから、私は泣かないし菅原から離れることも、無い。





「ねえ、最近また誰かに呼び出されたりしてない?」

「大丈夫だよ、呼び出されたとしても全然気にしないし」

「俺が気にするの!だって、・・・、は俺の彼女なんだから、ね」

「ありがと、孝支・・・大丈夫だよ、私、孝支が傍にいてくれたら、何でも平気」

、何かあったらちゃんと俺に言うんだぞ」

「ん、分かった」





菅原の腕に抱きしめられて、優しいキスを受け入れる。そうだ、菅原の笑顔は、腕は、キスは、ずっと前から私を縛り付けていて、私が菅原から離れることを赦さない。そうだと分かっていて、私はそのまま菅原に縋り続ける。
大好きな菅原、それ以外は何もいらないし、私は全てを菅原に捧げていくのだ。











薔薇色
(甘く切なく私を縛り付けて離さない)