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なんてきれいな人なんだろうと思った。揺れる長い髪も、粒子の細かい白い肌も、赤い唇も、僕はまるで神様なんて信じちゃいないが、彼女だけは違うと思う。神様が、きっと彼女を自らの手で造り出したに違いないや。榎木津のおじさんだってそりゃあ確かに美男子には違いないけど、あのおじさんにそういう事云うのは癪だ。第一、自分で自分の事を神だと宣うような人だからね、おじさん。僕が美しいのは神なんだから当然だうはははは!とか云いそうだ。 躁病の気のある主のいない薔薇十字探偵社は、本当に静かだ。静か過ぎるから余計な事まで考えてしまう。逢いたいんだけどね、本当は。今にでもベルを鳴らしてあのドアを開けてくれないかな、とか思ってしまう。でも、それは嬉しいような嬉しくないような。だって、彼女が来るのは榎木津のおじさんに逢う為なんだから。 ベルが鳴った。 「こんにちはー」 「いらっしゃ、・・・ああさんですか」 「こんにちは益田さん、いいお天気ですね」 運が良いのか悪いのか、ドアを開けたのは件の彼女、さんだった。にっこり笑うその顔に、当たり前の様に心臓が反応する。それは僕が死に向かって一歩を歩めるに等しい。確かに僕の心臓はさんを見る度に止まりそうだし、それより何よりこんなことが榎木津のおじさんにばれたらそれこそ本当に僕の命はお終いだ。困ったなあ。 「そうですねさん。ところで今日は何のご用で?」 「あ、えっと、礼二郎は?」 「ああ、榎木津さんならどっか行っちゃいましたよ。そのうち戻って来ると思いますんで待ってたらどうです」 「そうねぇ、そうしようかな。それじゃあ礼二郎が帰ってくる迄お茶にしませんか、益田さん」 「紅茶、入れてきます」 ほら、やっぱりね。さんはあのおじさんに逢いに来てるんであって、僕とのお茶なんておじさんを待つ為の暇潰しでしかないんだ。別に、前から分かってる事だけどね。それでも僕はさんが僕の名前を呼ぶ度に舞い上がるし、さんが笑う度に心臓が疼くし、逢えただけでも本当は嬉しい。その裏側にある喉が焼けるような感情が拭い切れないとしても、だ。だから、例えさんが僕に逢いに来てるんじゃなくても、卑怯な僕はそれでも構わないと思う。 軽快な足取りでやっと現れたさんお待ちかねの榎木津のおじさんと入れ代わりに、僕は探偵社を後にした。あの人が帰ってくると一気に部屋の中は騒がしくなってそれだけで疲れる、なんて云うのは誰かの受け売りでも何でもなくて、僕の精神的脆さ。見た目通りに僕は弱いんですよ。卑怯で、臆病で、器の小さい人間なんだ。畜生、こんな事云わすなってんだ。まるで惨めじゃないか。だけどそんな僕は、否そんな卑怯な僕だからこそ、こんなやり場のない想いの誤魔化し方を知っている。簡単なんで、教えてあげましょうか?まず浴槽にお湯を張って、それから頭の先から爪先まで浴槽に沈めてしまって。 |