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夢を見た。それはひどく温かく幸せで、だけどじりじりと胸を焦がすような、そんな夢だった。布団の中でもぞもぞと寝返りを打って、夢の余韻に浸る。夢の中で、私は和成と手を繋いで街を歩いていた。忙しい部活の合間をぬって、二人でよくデートした街。映画を観たり、途中でクレープを買って食べ歩いたり、世の中のカップルがするようなことを私と和成も同じようにしながら笑い合っていた。そして大きなスクランブル交差点の人混みの中で繋いでいた手が不意に離れて、和成と私は向かい合っている。和成が何かを言っているのに、喧騒に紛れて聞こえない。そこで私が「和成、」と名前を呼んだところで夢は終わった。 こんな夢を見るなんて、なんだっていうんだろう。和成と別れてからもうずいぶん経つっていうのに。布団の中から腕を伸ばして、枕元に置いていたスマホで今日の予定を確認する。『同窓会』この3文字に、この夢の合点がいく。そうか、気にしないようにしていたけれど、ヒトの精神は正直だ。気にしないなんて、到底無理な話だったのだ。和成と、再会する。その単純な事実に私の心はこんなにも揺れ動いてしまう。会いたいかと言われれば会いたい気もするし、会いたくないかと言われたら会いたくないような気もする。複雑だ。久しぶりに会う和成の顔を見たら、私はどんな表情をするだろう。きちんと笑っていられれば、いいのだけど。 「ー!久しぶりじゃん会いたかったよー!!」 「優樹菜!久しぶりだね!元気だった?」 高校を卒業して3年経って全員が成人済みということもあって、同窓会の会場はおしゃれなイタリアンレストランの貸切だった。テーブルには色鮮やかな食事と、ワインのボトルがずらりと並べられている。久しぶりに会った友人と会話をしながら着席すると、ちょうど対角線上に、和成が緑間くんと相変わらず仲良さそうに談笑しながら座っていることに気付いた。和成はどうやら緑間くんとの会話に夢中なようで、テーブルの対角線上にいる私には気付いていないみたいだ。相変わらずだと思う。口を開けば「真ちゃん」「真ちゃん」って、そんなに緑間くんが好きなら緑間くんと付き合えばいいのに、そんな酷い言葉を投げつけて私は和成から逃げ出した。気が利く彼氏、優しい彼氏、なんでも出来るハイスペックな和成は、私には釣り合わない。私なんかが和成の隣にいていいんだろうかという不安が、私じゃ和成の一番にはなれないなんて変な方向に捻じれ曲がってしまった。あれから少しは成長したと思っていたけれど、和成は相変わらずだと思うし、私もあの頃と同じようなことを考える。子供のままだ。 そんなことを考えながらワインを飲んでいたせいか、気付かないうちに結構な量を飲んでしまったらしい。友達に「ちょっと、ごめん」と断ってから席を立つ。トイレの鏡で覗き込んだ顔は、さすがに頬っぺたが赤くなっていて、これじゃいかにも酔っぱらってますと言わんばかりだ。少しお店の外で酔いを醒ましてこようかなと考えて、トイレから出たところで、会いたかったような会いたくなかったような、和成に出会ってしまった。 「おー、久しぶり」 「ん、久しぶりだね、和成も元気そうじゃん」 「まあな!てか、お前大丈夫か?飲みすぎた?」 「大丈夫、ちょっと外出て夜風に当たってくるから」 「ほんとかよ、結構顔赤いけど・・・ついてってやるよ」 「えっ、いやいいよ大丈夫だよ一人でそれくらい」 「いいからいいから、店の外で変な奴に絡まれるかもしんねーだろ」 そうだ、和成はこういう人間なのだ。気が利いて優しくて何でもできる。自慢の彼氏だった。だけど、そんな和成に依存しきってしまいそうになる自分が嫌で、何もできない我儘な自分が不釣り合いに思えて和成から逃げ出したのに、結局こうしてまた和成のなすがままになっている。嫌だなんて言いつつ、本当は嬉しくて泣きそうになっていることを、和成に気付かれないように、私はじっと俯いていることにした。 お店が路地裏にある隠れ家的レストランのせいか、一本向こうの大通りの喧騒もここまでくれば遠くにしか聞こえない。静かな夜だ。お店の近くの自販機で、和成がミネラルウォーターを買って手渡してくれた。ここで拒否するのもなんだかなあと思って、何より酔いを醒ますためには冷たい水がちょうどいいから、素直に受け取る。 「ありがとね、和成」 「どういたしまして、無理しなくていいけど水ちゃんと飲めよ」 「うん、だいぶ落ち着いた」 「おう、・・・」 会話が途切れる。たぶん、お互いに言いたいことはそれぞれあるんだと思う。今何してるのとか、相変わらずバスケ好きなのとか、新しく彼女出来たのとか、気軽に言葉に出来たらどんなに楽だろう。だけど、私から離れたはずなのに、もし和成に彼女がいたら嫌だななんてことを考えて、本当に私は我儘だ。和成も何か言いたそうに口を開いては閉じる、それを繰り返している。どうしよう、気まずいなんてもんじゃない。これはさっさと店内に逃げ帰るのが得策だろうか。 そう思って立ち上がったところで、和成が私の名前を呼んだ。 「っ、あのさ、」 「・・・なに、」 「えっと、そのー・・・俺、夢見たんだわ」 「夢?」 「そう、お前の。付き合ってた頃の夢っていうか・・・」 「・・・・・・」 「突然こんなこと言われて迷惑かもしんねーけど、俺は夢でもお前に会えて良かったって、そう思ったんだよ」 「・・・・・・それ、って」 「本当は、あの時もっと強くのこと引き留めてたらってずっと後悔してた。でも、もう後悔とかしたくねーから、ちゃんと言うわ。俺、今でものこと好きだ」 手に上手く力が入らなくて、持っていたペットボトルを地面に落としてしまった。どうしよう、酷いことを言って傷付けてそのまま逃げ出した私なのに、会えて良かったなんて、ずっと好きだったなんて、そんな夢みたいなことあるわけない。そう思いたいのに、アルコールで蕩けてしまった私の脳は都合の良いように良いように解釈する機能が過剰に働いているみたいだ。 落としてしまったペットボトルを私が拾うよりも先に和成が拾って差し出す、それを受け取ろうと伸ばした手をそのまま引っ張られて、和成に抱きしめられる。 「ごめん、後でどんだけ怒ってもいいから、でもちょっとだけ、こうさせて」 「・・・和成、あのね」 「なに、」 「あのね、私もね、夢を見たんだよ・・・・・・和成とね、一緒にいる夢だったよ」 和成と別れたあの日から、きっと私たちは随分と長い不幸な夢を見ていたんだと思う。その夢が終わって、今から始まる新しい夢は、幸せな夢であってほしいなあと、和成の温かくて広い背中に腕を回しながら、そっと目を閉じた。 |