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夜8時。狭いワンルームのローテーブルの上には2人分の食事が並んでいる。それぞれのお皿に盛りつけられたおかずはとっくに冷めてしまっていて、片付けようかどうしようかとぐだぐだしていたら、テーブルの端に置いてあった携帯が短く音を立てた。緑色のポップアップ画面には、待ち続けている相手の名前と、短いメッセージ。 『悪い、今日ゼミの飲み会なの忘れてた!』 うん、どうせそんなことだろうと思ってたよブン太。きっと今日も帰りが遅くなるんだよね。うすうす分かっていたこととはいえやっぱり腹が立つからとりあえず既読無視してやろうかとも思ったけれど、素直に返事をすることにする。帰ってくる相手を待ち続けて、私はどうやらすっかり寂しくなってるみたいだ。今すぐ会えなくても、声は聴けなくても、少しでもブン太を感じたい、とか考えている。でもそれはブン太にはばれたくないとも思う。強がる私。かわいくないって分かってるのに。 「りょーかい。遅くなりそう?」 『んーたぶん。寂しい?笑』 「別に、映画観てるから大丈夫だし!笑」 『あっそ!笑 じゃーまたあとでな』 ほんとは大丈夫じゃないのに。こういう時、素直に「寂しい」って言えたらどんなに楽だろう。 ブン太が帰ってきたのは録画していた映画の2本目のクライマックスシーンあたりだった。一時停止ボタンを押して玄関に向かったら、頬っぺたを赤くしつつも憮然とした表情のブン太が靴も脱がずに立っている。なんだろう、飲みすぎて気持ち悪いのかな。私が心配して声を掛けるよりも一瞬早く、ブン太が私の名前を呼んで手を引っ張る。いつものブン太の香水の香りに混ざって、今日はタバコの匂い。落ち着くようで、寂しくなるようで、この匂いはあんまり好きじゃない。 「ー」 「どしたのブン太、気持ち悪い?」 「違う」 「じゃあどしたの?」 「おなかすいた」 「・・・ごはん食べなかったの?」 「おう。が作ってくれてると思って」 抱きしめられた私の耳と頬っぺたがなんだか熱くなった気がする。冷蔵庫の中でラップがかけられているおかずが頭をよぎって、ああ、今日のおかずはブン太が大好きなものばっかりだったんだ。「ただいま」って帰ってくるブン太の顔を思い浮かべながら作ったおかずが、無駄にならなくて良かった。強がって表に出さない私の気持ちが、無駄にならなくて良かった。 「何だよ、なんか目ウルウルしてっけど。泣いてんのか」 「は!?ち、違うし!映画がいいところだったの!」 「はいはいそーかよ」 「・・・ねえ、ブン太」 「んー?」 「おかえり」 「ただいま」 |