夜だった。微かに僕の名前をさんが呼んだ気がして、篭っていた蒲団から顔を出すと、さんが心配そうな顔で僕を覗き込んでいる。部屋の明かりは点いていないままだったが、開けっぱなしだった窓から、ちょうどすぐ近くの電灯の明かりが鋭く差し込んで、さんの顔に不思議な影を作っていた。

「雲雀先生、お加減は如何ですか」
「・・・大丈夫だよ」
「夕食はどうしましょう。一応平常のものとお粥を作ったのですけど」
「普通に食べるよ。お腹減ってるんだ」
「まあ、良かった」

僕の側から立ち上がって部屋から出ていくさんを追い掛けて、僕も台所に向かう。さんは、どうしたんですか先生、と困ったように笑いながらテキパキと夕食を盛りつけていき、僕の分を完成させると振り向いた。僕があまりにもさんのすぐ後ろに立っていたから、さんは少し驚いて小さく悲鳴を上げた。

「・・・!ひ、ばり先生、本当にどうされたんです」
「いや、別に・・・でも近くにいたいんだ」
「・・・先生、夕食をお部屋に運びますから」
「ああ、ごめん・・・さん、一緒に食べよう」
「・・・嫌だと言ったら?」
さんは言わないよ、そんな事。それに話したいんだ、さんと」

そこまで言って、僕は自分が何時の間にかさんの手を握り、さんが耳まで真っ赤に染めているのに気が付いた。慌てて手を離したら、さんはか細い声で「・・・分かりました、」と答えた。
僕は今おかしくなっていたみたいだ。どうして僕は彼女の手を握っていたのだろう。まるで僕はに接するかの様にさんに接していた。さんの手は、と同じ様に白く、そして細かった。


向かい合って食事をしながら、僕とさんは色々な話をした。さんは本当に、この時代にしては珍しい程に教養のある人間で、僕は本当にさんと話していて退屈する事は一度として無かった。
そして僕はとうとう、ずっと考えていた事を口にする為に箸を置いた。それに気付いたさんも僕と同じ様に箸を置く。

「・・・さん、聞きたい事があるんだが」
「ええ、何でしょう」


さんは、僕が死んだらどうする」


「・・・嫌です先生、そんな不吉な話」
「頼むよさん、教えて欲しいんだ。僕の為に教えてくれ」
「先生の為・・・?ああ、それでも嫌です。こんな話をなさる為に私を呼んだのですか」
「そうだよ、大事な話なんだ」

さんは涙を一杯に貯めた目で僕をキッと睨んだ。
しかし、それでも僕は聞かずにはいられないのだ。
これは僕にとっては本当に大事な話であって、さんの答え無しには続かないものだからだ。
僕が一言、「さんお願いだよ、僕の為に答えてくれないか」と呟いたら、さんは俯いて、それから小さな声で答えを口にした。









「・・・私は、雲雀先生がいなくなったら生きていけません」
「それはつまり、僕と一緒に死ぬ、という事かい」
「ええ、そうです。そうよ、雲雀先生・・・だって私、貴方を愛してるんです」
さん、僕は」
「貴方が私の向こうに誰か別の方を見てるのは知っています、それでも私の気持ちは変わらないのだわ」

さんはそこまで言うと、畳に突っ伏して泣き出した。
ああ、僕は酷い人間だ。泣かせてしまった、傷付けてしまった。こうなることは始めから分かっていて、さんが僕の事を愛していると知っていて、それでも僕は確かめずにはいられなかったのだ。
さん、僕はもう死のうと思っていて、出来れば最後に君の望むように死のうと思っているんだ。だから、どうしてもさんの口から聞きたかったんだ。
さん、さん、さ、

・・・」

それだけ呟いて、僕は彼女を畳に押し付けて、それから唇を彼女のそれに重ねた。






五、 夜に