が泣きながら、「結婚するのよ」と告げた日、僕のそれまで堪えていた理性はまるで今まで必死に押さえ付けられていたバネが一気に弾け飛ぶ様に消えてしまい、僕は無言でを畳に押し付けた。
彼女がもうすぐ結婚する身であろうと僕には全く関係の無い事だ、と強がってはみるものの、僕の心は怒りと哀しみと悔しさで埋め尽くされていて、例えば婚前の彼女を抱く事でもしかしたら結婚は無くなるかもしれないと、ありもしない期待をしたりした。
僕の下で必死に声を押し殺し、それでも時折僕の名前を呼ぶが心の底から愛おしい。
こんなにも愛しているのに、狂おしい程愛しているのに、どうしてどうしてどうして。

・・・愛してるんだ」
「っ恭弥さ、・・・私を、」
「、なに、・・・聞こえな、い」


「私を、殺して・・・っ」


「・・・じゃあ、僕も一緒に、」
「嘘を、吐いちゃ、嫌よ・・・」
「嘘じゃない、・・・愛してる」

が脱ぎ捨てられた着物の懐からするりと、研ぎ澄まされた剃刀を取り出した。そのままは自らの頸動脈にそれを押し当てる。それから、僕の右手を取ってそこに添えた。
ぷつりと刃先が皮を切るような感触がして、ぽたぽたと赤い液体が畳に落ちる。

「恭弥さん、愛してる」
「・・・僕だって愛してるよ」
「先に逝って、待ってますから」
「ああ、お休み。僕の愛しい

が自分の腕に力を込めるのと、僕がそうするのと重なって、言葉に出来ない程生臭く鉄臭い空気が一瞬にして立ち込める。
僕はまだ温かく柔らかいに口付けて、濡れた剃刀の刃を自分の頸動脈にあてた。
ぷつり、ぷつり。
それから一気に僕の記憶は途切れた。



それなのに、僕は目を覚ましてしまった。見知らぬ天井の下で、僕は生きていたのだ。
周りを目だけで見回すと、無表情の剣介が立っている。僕は動かない首を出来る限り彼の方へ向けた。
彼は、何も言わない。

「・・・、は」
「死んだよ」
「・・・、そうか」
「・・・っ!」

剣介は、恐ろしい形相で僕の胸倉を掴み上げた。
当たり前だ。彼の大事な妹は結婚を目前にしていけ好かない下宿人と心中し、その結果妹は死に僕は生きている。彼も、僕とは違う意味で彼女を愛していたのだ。
痛いんだろう、君も。僕も痛いんだよ。
どうして僕は生きているんだ。どうして彼女と一緒に死なせてくれなかったんだ。
僕は、死にたくなかったのか。



それから先の事はわざわざ言わなくても分かるだろうが、僕は勿論あの家を出て行かなければならなかった。親に見捨てられた僕に情けをかけてくれた人の計らいで、こじんまりとした空き家を譲り受けた。
そして、そこで再び、僕は「」に出逢うのだ。






六、 回想V