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私以外に大切なものがあるあなた。私よりもっとあなたの意志を熱く滾らせ、鼓動を逸らせ、あなたの全てを曝け出してしまう、私ではないもの。悔しくないのかと問われれば、もちろん悔しいと私は答える。悔しくないなんてそんな聖女様みたいに心は広くない、本音だ。あなたの一番になれたら、って本当は思ってる。だけど、二番目に他の誰でもなく私を選んでくれたことがとても嬉しい。そんな相反する感情を燻らせていつもあなたを見つめてる、ってことを知らずにあなたは今日も必死にペダルを回すんだね、今泉くん。 きれいに整理整頓されている広い部屋の中に、三本ローラーの上で今泉くんが懸命にペダルを回す音と酸素を求める荒い呼吸の音だけが響く。声をかけることは出来ないから、ボトルにドリンクを補給したものを置くだけ置いて、私はローラーとは反対側にある、やけに広いベッドの上でパラパラと雑誌を捲ることにした。枕元には昨日今泉くんが寝る直前まで読んでいたんだろう、自転車の雑誌が置かれている。 ぱらり、ページを捲る音。がらがら、ローラーが回る音。今泉くんの匂いがする柔らかなベッドの上で、それはまるで子守唄のように私の瞼をゆっくりと重力に従わせて落下させていく。最後に目にした文字は、なんだったろう。 ◇ 「・・・おい、」 名前を呼ばれたような気がして、そして体にぬくもりのある圧迫感を感じて、ゆっくりと目を開く。すると、そこにはさっきまで汗だくになりながらペダルを回していた今泉くんが、首にタオルをかけた状態で私を覗き込んでいた。艶やかな黒髪の先からぽたりと滴が落ちて、私の頬を濡らす。その滴と少し上気した肌が、今泉くんがお風呂上がりだということを示している。 「あ、悪い。水落ちた」 「・・・大丈夫だよ。もう練習は、終わった?」 「ああ。いつも放ったらかしで悪いな。退屈だろ」 「別にそんなこと無いけど。今泉くんが自転車乗ってるところ、好きだもん」 「気持ちよさそうに寝てたけど?」 そんなことない、と文句を言おうとした口を、今泉くんの大きな掌で塞がれる。ふわりと、ボディソープの香り。今泉くんの、においだ。大好きなにおいで胸がいっぱいで何も言えなくなってしまった私の頬をごしごしと少し乱暴にこすって、さっき落ちてきた水滴を今泉くんが笑いながら拭き取る。 時折見せる、この笑顔が好き。こんな優しい笑顔は、きっと私といるときだけしか見せてくれないから。自転車に乗ってるときとも、クラスメイトと談笑してるときとも違う。私だけの、笑顔。そうだ、だから私はあなたの一番じゃなくたって生きていけるのだ。 今泉くんの成すがままでぼんやりとしていたら、不意に今泉くんの顔が近付く。「どうしたの今泉く、」問いかける声を遮るようにして、今泉くんの薄い唇が私のそれに重なった。そして一瞬で離れていく。ちゅっ、ちゅっ、とリップ音を立てるだけのキスが繰り返されて、その合間合間に私を見つめる今泉くんの視線に、胸が高鳴る。視線に温度なんて無いはずなのに、分かる。熱い視線って、きっとこういう視線なんだって。いつもはロードレースのゴールに向けて注がれる今泉くんの熱い視線が、私に向けられている。たったそれだけのことなのに、体の奥が疼いて疼いて仕方ない。あなたのその視線を、本当は独り占めしたいんだって欲望が、溢れてしまう。 「、・・・」 「俊輔くん、好き。大好き」 「ああ、知ってるよ。俺だって、のこと好きだからな」 いい?とかダメ?とか、そんな言葉は今泉くんからは出てこない。今泉くんは、ただ熱い視線で私の名前を呼ぶだけ。そして私は、普段は呼ばない名前で今泉くんを呼んで、このどうしようもない感情を「好き」の一言に込めるから。そうしたら今泉くんの固い掌が、指が、私の身体をなぞって、弾いて、二人の温度を上げて、呼吸を乱れさせていく。 私の塾が無い曜日だけ、今泉くんの部屋を訪れる私のことを今泉くんのご両親はきっと知らない。お仕事が忙しくて、朝早く家を出ていき夜遅くに帰宅する今泉くんのご両親がいない間に、こうして今泉くんとこういうことをするのは、なんだかとても秘密めいている。この広い家に、二人きり。他に聞いている人は誰もいない、声を我慢する必要なんて無い。分かっているけど、私の口から漏れる声はひどくはしたなくて聞いている自分が恥ずかしいから、捲り上げられた服をきゅっと握りしめて必死に耐える。 既に固くなって存在を主張する胸の頂を、指ではなくてぬるりとした舌で舐められて、気持ち良さのあまり大きく体が跳ねた。今泉くんはそれを見逃さずに、何度も何度も、刺激を繰り返す。 「・・・っ、ん・・・!」 「気持ち良いんだろ?声我慢すんなよ、」 「や、やだ・・・!恥ずかしいもんっ、」 「俺はの声聞きたいんだけど」 ちゅうっ、っとキツく胸の頂を吸い上げながら、今泉くんの大きな掌がするすると私のスカートの中に差し込まれた。足を固く閉じて身体を捩って小さく抵抗してみるけど、無意味だ。いとも簡単にこじ開けられて、下着の中にまで侵入してくる。とっくのとうに下着の役割なんて果たしてない、ただの布きれだ。私がいやらしいのか、たぶんそれだけじゃない。今泉くんのせいだよ。今泉くんが私を見つめて、キスして、触れるから、溢れて止まらないんだ。 思うように指が動かせないのか、一度手が引き抜かれてそのままスカートも下着も取り払われてしまった。蛍光灯の下に晒されて、羞恥で震えた声で今泉くんの名前を呼べば、答えの代わりに宥めるようなキスが降ってくる。そのキスがどんどんと下がっていって、足の付け根に吸い付かれて、やっと今泉くんがこれから何をしようとしているのか気付いた。慌てて身体を起こして制止しようとしたのに、いとも簡単に動きを封じられてしまう。 「ちょっ、待って、俊輔くん!だめ、私シャワー浴びてないっ」 「あ?別に関係ないだろ」 「関係なくないっ、やだぁ、汚いってば、」 「汚くねえよ」 「の、においだ」そう小さく呟く声がして、さっきまでの指での刺激とは比べ物にならないほどの快感が全身を駆け巡る。予測できない動きで私の一番気持ちいいところを的確に舐め上げられて、必死に耐えようとするのに、漏れ出る声が止まらない。私の部屋よりもかなり広い今泉くんの部屋に、私の声と水音と、今泉くんの少し乱れた呼吸がやけに響くような気がする。 執拗に攻められて、私のそこは今泉くんの唾液だけじゃない液体でびしょ濡れだ。もう、我慢出来ない。今泉くんが聞きたいって言うなら、いくらでも声を聞かせてあげる。だから早く、ねえ、今泉くんが欲しいよ。私をこんなふうにするのは今泉くんだけ。当たり障りのない笑顔の下に隠れてる、「欲しい」って、「一番になりたい」って、そんな想いが溢れて止まらなくなるのは今泉くんだけなんだよ。今泉くんがこんな熱い視線で見つめるのは、今泉くんがこんな感情を露わにするのは、私だけだって、言ってほしいんだよ。 手早くベッドサイドの棚から取り出した避妊具を装着して、眉間に皺を寄せながら今泉くんが私の中に身体を沈めていく。 「んっ、あ、・・・俊輔く、ん・・・!」 「、、痛くないか?」 「だいじょう、ぶ・・・っ」 「じゃあ・・・、動くけど、辛かったら言えよ」 膝の裏を抱えられて、一度引き抜かれたそれが再度深く挿入される。はじめのうちはゆるゆるとそれが繰り返されていたけれど、段々と速度を上げて、より深いところまで打ち付けられる。その度に、我慢することを諦めた私の口からはだらしなく嬌声が漏れてしまう。 お風呂上がりで乾きかけの今泉くんの黒髪から、水滴がぽとりと私の頬に落ちた。まるで私の涙を拭うかのように今泉くんがそれを指で拭って、それから優しく私の頬を撫でる。動きに合わせて揺れる黒髪が、ところどころ汗で額や頬に張り付いているのがたまらなく好きだ。今泉くんとしてくれたのと同じように頬に手を伸ばして、そっとその髪の毛を払う。差し出した手を取られて、そのまま今泉くんの背中に誘導された。反対の手も同じように誘導されて、今泉くんが大きな身体をうつ伏せるようにして私に覆い被されば、ぴったりと抱き合うような形になる。 耳元で、まるでうわ言のように私の名前を呼ぶ今泉くんの声が私の脳を刺激して、下半身がキュウッと疼く。 「っ、・・・っ」 「しゅんす、けくんっ・・・!ふっあ、あっ、んうっ」 突き上げられて全身を揺さぶられながら考えるのは、今この瞬間だけは今泉くんの一番が私であればいいなあ、なんていう我儘な願い事。きっと明日の朝、今泉くんは朝日の中ペダルを回すんだろう。だったらせめて、今だけは、私と繋がっているこの瞬間だけは、私をあなたの一番にしてほしい。 |