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じりじりと真夏の強い日差しが、ノースリーブのワンピースから剥き出しの肩を容赦なく焦がしていく。焦がす。まさにそんな表現がぴったりくるような、今日の天気は真夏日だ。東京より北にある宮城だが、やはりそれなりに夏は暑い。コンクリートジャングルの東京よりかは幾分か過ごしやすいとは思うけれど。仙台駅からキャリーケースを引っ張りながらバスターミナルに向かう僅か数分の距離で、額や首筋にじんわりと汗がにじむ。お盆休みたった数日の帰省だというのに、お母さんが「東京駅の○○っていうお菓子が食べたい」だとか「お隣にもお土産買って来なさいよ」だとか言うので、キャリーケースの中は自分の荷物よりもお土産の方が多いんじゃないだろうか。まったく、こんなか弱い乙女にこんな重い荷物を持たせて帰るなんて。まあ、それも仕方ないか。今年の夏休みは、私にとってもみんなにとっても、たぶんいつもとは違う夏休みなのだ。 家で待っているであろうお父さんにお母さん、おじいちゃんおばあちゃんに弟、みんなの顔を思い浮かべながらバスに乗り込む。高校を卒業して東京の大学に進学して就職して、お盆とお正月は必ず帰省しているけど、やっぱり大好きな家族が待つ家に帰る時は胸が高まって仕方がない。数十分の距離がもどかしい。早く「ただいま」って言いたいなあ。 「みんな、ただいまー!」 「あらお帰りなさい、早かったわね」 「おー!!姉ちゃん!お土産は!東京駅のスイーツ!!」 「良く帰ってきたねえ、ちゃん」 玄関の扉を開ければ、大好きな家族の声が私を一斉に包み込む。手持ちのお土産を弟に手渡しながら出迎えてくれたみんなの顔を見れば、帰省の疲れなんて一気に吹き飛んでしまう気がする。おじいちゃんもおばあちゃんも、みんな元気そうだし。それに、やっぱり我が家の匂いというか、木造りの家の柱の匂いとか飾られているお花の匂いとか、ずっとずっと私の記憶に染みついてるものだから落ち着く。 「ほら、早く荷物自分の部屋に入れちゃいなさい。冷たいお茶入れてあげるから」というお母さんの声に急かされて、「それってお土産のお菓子食べたいだけでしょー」なんて笑って言い合いながらも、心地よさを感じてしまう私は、相当家族が大好きらしい。 「はいコレ、おじいちゃんおばあちゃんに浅草で有名なおまんじゅう」 「あらあらありがとう」 「で、コレが優しいお姉様から可愛い可愛い弟の俊くんへの頭が良くなるクッキーね」 「はぁ!?俺、姉ちゃんより成績良いんですけど!!でもサンキューな!!」 「あと、東京駅のスイーツね。冷蔵だけど生菓子だから今日中に」 「お母さんテレビで見てコレどうしても食べたかったのよー!」 机の上にキャリーケースいっぱいに詰めてきたお土産を並べながら、お母さんが入れてくれた冷たいお茶を口にする。ああ、おいしい。生き返るとはまさにこの瞬間のことを言うんじゃないかと思うくらいには喉が渇いていたようだ。 自分の食べたいお菓子をさっさと食べ終わった俊はそそくさと自室に戻っていったけれど、私とお母さんはそのままのんびりとお茶のお代わりをしながら近況報告をする。たぶん他の人よりは頻繁にメールや電話で連絡を取っているとは思うけれど、それでも直接顔を合わせれば話したいことはいくらでも出てきてしまう。 「そういえばお父さんは?」 「ちょうど晩ごはんの買い物頼んで出て行ってるところなの」 「え!私も一緒に行きたかったのに!!」 「そうねえ、でもちゃんとの大好物作るから大丈夫よ。お酒もあるし」 「そっかあ」 「あ、お隣にもお土産あるんでしょう?ご挨拶に行ってきたら?」 「ん、そうだね。お父さんが帰ってくるまでに行ってくる」 お隣さん、か。お隣の及川さん宅には、私と同い年の男の子と歳の離れたお兄さんがいて、その同い年の男の子、徹とはいわゆる幼なじみというやつだった。保育園も一緒、小学校も一緒、中学校も一緒、なんだかんだ色々あって高校も一緒だったから、15年以上、私の人生の半分以上一緒にいたことになる。そしてその幼なじみという関係の中には、もう一人欠かせない存在がいる。岩ちゃんだ。岩ちゃんは少し家が離れていて小学校は違ったけれど、ちびっこバレーボール教室で出会って仲良くなった。そして同じ中学校に進学し、高校も同じ。私と徹と岩ちゃんと言えば、北一でも青城でも知らない人はいないくらいには有名な幼なじみトリオだったのだ。そんなトリオも、高校を卒業して進路がバラバラになってからは会う機会も無くなったし、連絡もちまちまとしか取らなくなってしまった。帰省してもタイミングが合わなくてなかなか3人が揃わなかったから、3人一緒じゃないなら会うのはやめるべ、ってなって結局高校を卒業してからきちんと顔を合わせたことは皆無に等しい。今年は、どうなんだろう。あとで連絡してみようかな。 お隣さんへのお土産を手に、白いきれいなお家のチャイムを押す。ピンポーンと澄んだ電子音が響いて、続いてガチャガチャと鍵を開ける音がした。 「はいはーい、・・・って、?」 「と、徹じゃん!何してんのこんなとこで!」 「えー、何してんの、って言われてもここ俺の家なんだけどな」 「はっ、そうか!そうだね!てか久しぶり!」 「そうだねえ!どしたの?何か俺に用?」 「いや徹にじゃないけど。これ、帰省のお土産持ってきたから」 「お!これ表参道で有名なお店のでしょ?ありがとね、上がっていきなよ」 「いいの?じゃあお言葉に甘えて、おばさんや慧兄ちゃんにも挨拶したいし」 「うんうん、みんな喜ぶよ」 徹の背中に続いて、及川家の玄関をくぐる。ふわふわした色素の薄い髪色は昔から変わっていないけど、やっぱり社会人になった徹の髪型は前よりも短めで、それでいてきちんとおしゃれな感じも出てる、相変わらずいけめんだ。それに背中も、広いというかしっかりしてるというか。ラフな格好をしているとはいえ、大人の風格はきちんと出ている。成長したんだなあ、あの騒がしかった徹も。 及川家のリビングには、おじさんおばさん、そして慧兄ちゃんとお嫁さんの優子さんと息子の猛くん、全員勢ぞろいだった。及川のおばさんは「まあまあちゃんったら!きれいになって!久しぶりに会えて嬉しいわ!」なんて大喜びで、なんだかこそばゆい。男兄弟だった及川家にとって、お隣の私はまるで娘だったようで、よくうちのお母さんと及川のおばさん2人に連れられてデパートで着せ替えファッションショーを繰り広げたりと、いくつになっても可愛がってもらえていると思う。今は優子さんと一緒に仲良くお茶したりしているみたいだし。何年か前に、なぜか私とお母さん、及川のおばさんと優子さんの4人で温泉旅行なんかもしたくらいだ。 おばさんに勧められてソファに腰掛けると、まるで準備していたかのように私の大好きなおはぎとお茶が出てくる。徹も私の隣でのんびりとお茶をすすって、自然と話題は近況報告になってしまう。 「ちゃんは東京でしょ?徹もこの春から東京に転勤してるのよ」 「あ、徹から連絡貰いました!でもなかなかお互い忙しくて会えないんですよね」 「そうそう、ってばいっつも俺の誘いを断ってばっかりなんだからあ」 「まあ仕方ないわよ、だってちゃんこの冬「おおおおおおばさん!!」 「あらどうしたのちゃん」 「えっと、あの、その、おおおお茶のお代わり頂けますか?!?!」 「まあ、気付かなくてごめんなさいね!今持ってくるわあ」 「・・・なに、どしたの。なんか汗かいてない?クーラーの温度下げようか?」 「えっ!?あ、いや大丈夫!!おばさんにお茶もらうし!」 「ふーん?」 徹はのんきにお茶をもう一口すすったあと、次はどれにしようかなあなんておはぎを選び始めた。良かった、徹がこういうやつで。私は、徹と岩ちゃんにまだ言えてないことがある。自分から2人に言いたい。だけど、なかなか言い出すきっかけが無くて悩んでいるうちに気付けば今だ。とりあえずはおばさんの口から出ることだけは阻止しよう。あとでおばさんにお願いして謝っておかなくちゃ。 「そういえば、岩ちゃんもこっちいるのかな」 「あーどうだろね?俺まだ連絡してないや」 「私も。ねえ、岩ちゃんこっち帰ってきてたらさ、3人で会おうよ」 「お、いいねえ!じゃあさっそく!『岩ちゃん、こっち帰ってきてる?』と、」 「こっちいたらいいねー。高校卒業してからちゃんと3人で集まってないし」 「ほんとほんと。北一でも青城でも有名だった仲良しトリオの名が泣いちゃうよ」 「あー岩ちゃん会いたい。会いたい会いたい会いたいー」 「岩ちゃんー岩ちゃんー・・・あっ!返事来た!!帰ってきてるって!!」 「まじか!ちょ、私もいるって言って!!」 「てか今から岩ちゃん家行く?俺、車出すよー」 「行くしかない」 それから慌ただしくお茶のお代わりを頂いて、私と徹は岩ちゃん家まで急遽押し掛けることになった。「どうぞー」なんて徹がドアを開けてくれて助手席に乗り込む。こんなきれいな笑顔で、徹は女の子をこの車に乗せたりしてるんだろうか。いけめんは何をしても様になるからずるい。車の中はミントの爽やかな香りで、思わずキョロキョロしてしまう。後部座席にバレーボールがちょこんと鎮座しているのが、いかにも徹らしい。エンジンをかけると、カーステレオからは徹が昔から好きなロックバンドの歌が流れ始めた。懐かしい。よく3人でカラオケで大熱唱した歌だ。 「あ、これ」 「そうそう、岩ちゃんの十八番ね」 「徹が彼女に振られたとき歌ってくれたやつだよねー」 「ちょっと、そういうこと思い出さなくていいから!」 「良く徹を慰める会やったよねえ、週イチくらいだっけ」 「そんなにしてないでしょ!」 子供の頃は徒歩で何十分と歩いた距離も、大人になって車で走ればすぐだ。見慣れた岩ちゃん家の青い屋根が見えてくる。近くのコインパーキングに車を停めて、途中の洋菓子店で買ったゼリーを手土産に、岩ちゃん家のチャイムを押す。ジリリリリリと音が響いて、『はい、』という聞き慣れたインターホン越しの声。なんだかすごく懐かしくて、徹と私は顔を見合わせると、「「岩ちゃーん、一緒に遊ぼー!!」」と声を揃えて叫ぶ。『はっ!?え、あ、ちょっ、待ってろよお前ら!!』なんて慌てた声がして、私と徹は大笑いだ。昔、虫取り網やバレーボールを持って、良く岩ちゃん家のチャイムを押した。掛け声はいつも一緒で、「岩ちゃん、一緒に遊ぼ」だった。徹と岩ちゃんがケンカした翌日、行きたくないとぐずぐずする徹の腕を引っ張ってチャイムを押して、「岩ちゃんごめんね、一緒に遊ぼ」って謝ったこともある。 バタバタと家の中から足音がして、玄関を勢いよく開いたのは、昔と変わらないツンツン髪の岩ちゃんだった。にへらーと笑う徹と私の顔を見て、岩ちゃんは一つ溜め息をついて、それから優しい笑顔で笑って「変わんねーな、お前ら」と言って私と徹を家に迎え入れてくれた。 「何だよお前ら、来るなら来るって言えよ!何も用意してねーぞ」 「いいんだよいいんだよ、気が効かない岩ちゃんのためにゼリー買ってきたからね」 「あ?殴るぞ及川」 「いだいっ!もう殴ってるから!もうーせっかく久しぶりに会うんだから優しくしてよ、ねえ」 「いやあ、懐かしいですなあこの掛け合い」 「俺は女には手を上げない主義だけどな。は女だったっけか?」 「ごめん岩ちゃん、私レディーです」 岩ちゃん家の家族は?と聞くと、今出掛けてるとそっけなく岩ちゃんが応える。「あれ?岩ちゃん置いてけぼりなの?可哀そうだね!」なんて徹が一言どころか余計なことだらけの事を言うので、岩ちゃんの回し蹴りが炸裂した。いい音!ナイスキック!本当に懐かしい掛け合いだ。 実は、高校卒業してから5年以上まともに顔を合わせていない私たちが久しぶりに出会ったからと言って、昔みたいに仲良くできるかどうか不安だった。ぎこちなくなっちゃわないだろうか。そんなふうに考えていたけれど、でもそんなのは杞憂に過ぎなかったみたいだ。 テレビゲームをした夏休みとか、月バリを読んで作戦考えた放課後とか、そんな思い出がいっぱいの思い出がつまった岩ちゃんの部屋で、手土産のゼリー争奪戦ジャンケンをして、なんだかんだと思い出話に花を咲かせる。 「ここでさ、3人で良くお昼寝したよねー」 「そうそう!岩ちゃんの頬っぺたに畳の跡ついててさ!俺、大爆笑しちゃったもん!」 「おめーにも跡ついてただろうが!てか全員ついてただろ!!」 「懐かしいー!ガリガリ君落として岩ちゃんに怒られたりとか!」 「俺なんかコーラこぼして殴られたもんね」 「も及川も俺ん家でくつろぎすぎなんだよ」 「だってー、ねえ徹」 「ねえ、居心地いいんだもんー」 「・・・ったく。ていうかお前ら時間はいいのかよ?まさか昔みたいに俺ん家で晩メシ食うとか言わねえだろうな」 「え!?時間!?ちょ、いま何時!?」 「えっとねー、17時半過ぎ」 「ややややややばい!!お父さんが私の大好物買って帰ってくれるんだった!!!!」 「あれ、じゃあ今日は帰ろうか」 「今日は、ってお前らな・・・」 「いいじゃんいいじゃん!岩ちゃんいつまでこっちいるの?」 「あ?お盆休み中はこっちいるけどよ」 「じゃあまた明日だね!明日はさ、3人で飲もうよ!」 「おっ!ナイスアイディアー!」 「・・・しゃーねーな。じゃ、また明日な」 「うん、また明日ね!岩ちゃんばいばーい!」 「じゃあねー岩ちゃん!」 来た時同様バタバタと岩ちゃん家を後にする。「また明日」、か。何年この言葉を使ってなかっただろう。昔はそれこそ本当に毎日「また明日」だったのに。また明日になれば徹や岩ちゃんに会える。それは私の中で絶対で揺るぎない事実だった。あの頃はそんな日常が終わるなんてこと、少しも考えたことなかったんだけどなあ。 徹が運転する車の中から傾く太陽をぼんやり見つめる。楽しかっただけの夏休みは、きっと今の私たちにはもう起こらない。大人になった私たちの夏休みは、栓を抜いたらしゅわしゅわと音を立てて炭酸が抜けていくサイダーのように、少し切ない。 ![]() 明日に行く ► |