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結局昨日は徹の運転で大急ぎで帰宅して、大好物のハンバーグカレーを無事に家族揃って食べることが出来た。お母さん手作りのハンバーグとカレーの組み合わせ、幸せ以外の何物でもない。ごはんのあと自室でベッドに倒れ込んで、枕元に放置していたスマホを手に取ると、徹と岩ちゃんと私のLINEグループに大量の新着メッセージが受信されていた。大方ほとんど徹の中身の無いメッセージとスタンプ爆撃に違いない。けれど今日はなんだか久しぶりに3人が揃ったことが嬉しくて、私までついついテンション高めの返信をしてしまう。 「何なの徹。ほんとウザい!スタンプテロやめて」 『ごめーん☆うへぺろ☆』 『うへぺろ☆とか25歳の男が言ってもキモいだけ』 「そうだそうだ!てか明日どうする?」 『岩ちゃん家で飲もうよー』 『お前ら部屋汚しそうだから断る』 『ケチ!』 「岩ちゃんケチ!」 『うるせえ!!』 「汚さないからさ、ね?3人で夜通し飲んで語り明かそうよー」 『お願い岩ちゃん☆』 『及川ウザい。しゃーねーな、絶対に汚すなよ』 「はーい☆」 『おっけー☆』 『晩メシは各自食ってこいよ』 そんなやりとりをして、明日が楽しみで楽しみで仕方なくなった私は、まるで遠足前日の小学生みたいだった。ひとしきり3人でLINEで会話してから漸く日付が変わった頃に眠りについて、朝6時過ぎには目を覚ます、こんなに「明日」が楽しみだったのは久しぶりだ。岩ちゃんの家に行くまでまだ12時間以上あるっていうのに、そわそわとせわしない私を見て、お母さんが笑う。 「ほんと3人は大人になっても仲良しねえ。ったら小学生みたいにはしゃいじゃって」 「だ、だって!まさか会えると思ってなかったから!」 「はいはい分かってます、分かってますよ。いいから顔洗って来なさい」 「ん!コーヒー淹れといて」 洗面所で鏡と向かい合う。もともとハッキリと目覚めていたけれど冷たい水で顔を洗えば、ますます今日が現実味を帯びてくる。鏡の中の私は締まりのない笑顔でニヤニヤしている。だけど高校生の私とは違って、髪はカラーリングと軽くパーマがかかっているし、少しは大人びた顔つきになっている、と思う。久しぶりに会った徹は、背丈こそ昔と変わらないまでもやっぱり大人の男の人になっていたし、岩ちゃんだって髪型なんかは一緒だけどより頼れる男の人になってた。私たちはみんな、もう大人だ。変わってないものももちろんある。例えば私たちのお互いに対する想いとか。だけど変わってしまったものも多い。例えば私たちそれぞれの立場とか。 鏡の中の私と目が合って、酷い表情をしていたので慌てて頬っぺたを叩いて気持ちを切り替える。 「そういえば、あんたまだ徹くんや一くんに報告してないんだって?」 「うっ・・・いや、言うよ。ちゃんと言いますけど」 「早くしないと、準備の関係とかもあるでしょう」 「分かってる、でも私の心の準備も必要なのー」 「はいはい、ほらコーヒー」 「ありがと。・・・ちゃんと、準備して、言いたいの」 「頑張って、大丈夫よあの2人なら」 「うん、そうだね」 窓の外は既に太陽が昇り切っていて、今日もうだるような暑さになるんだろうなあとぼんやり考えながら、コーヒーに口をつける。そういえば、いつの間にかブラックコーヒーが飲めるようになった。やっぱり、もう子供じゃない。 手元のスマホでLINEを見返せば、顔文字やスタンプが行き交う賑やかなトーク画面に、楽しかった昨日が瞬時に蘇る。いつも通りの徹の余計な一言に岩ちゃんが的確にツッコミを入れる、その掛け合いに思わずクスリとしながら、お母さんが用意してくれた朝食を食べて、夜の約束の時間までは青城時代の女の子たちと会う予定があるから、のんびりと服を選んでメイクをした。 「ー!!久しぶり!聞いたよー!!」 「雛乃、望美、美月ー!!ほんと久しぶりだね!!」 「まさかが一番乗りなんて!」 「そうだぞー!こっちにも幸せ分けろこんにゃろ!!」 仙台駅前のカフェに集まった雛乃、望美、美月、そして私の4人は、高校生の時の仲良しグループだ。私が徹や岩ちゃんと一緒にいない時は彼女たちと一緒だった、そう言っても過言じゃない。私たちは1年生の時にクラスが一緒で、部活が違っても進級してクラスがばらばらになっても仲良しだった。雛乃がサッカー部の遠藤くんが気になるから試合ついて来てと言えばもちろん全員で応援に行ったし、望美に彼氏が出来た時はもちろん全員でお祝いしたし、美月が別れた時はもちろん全員で全力の愚痴大会だった。本当に大事な友達。彼女たちとは進路がバラバラになった後も、徹や岩ちゃんとは違って頻繁に連絡を取っていたし、大学時代には一人暮らしの私のマンションに泊まりに来てみんなでディズニーランドに行ったりもした。だから久しぶりとは言いつつも、あまりそんな感じはしない。 「ほんっと、『絶対私が最後だあああ』って言ってたがね」 「世の中何が起こるか分かんないってのはまさにこういうことを言うのかあ」 「なによ、望美も雛乃も秒読みでしょうが!」 「そうだそうだ!どうせ何も無いの私だけですから!!」 「「「がんばれ美月!!!」」」 「うわっ、腹立つ言い方!」 「ごめんごめん!てか、それにしても、私てっきり及川か岩泉とくっつくと思ってたんだけどー」 「あ、私もそう思ってた!!だってあれだけ仲良かったんだし、ねえ」 「確かに。及川は残念イケメンだからともかく、岩泉とかめっちゃいい奴だったじゃん」 「・・・そう、かなあ。やっぱり、みんなそう思う?」 「「「・・・、なんか悩んでる?」」」 「・・・っぷ、何みんなして、台詞被ってるしっ!大丈夫、何でも無いよ!」 「何よ、せっかく心配してやってるのにー」 「まあどうせいわゆるアレでしょ」 「そうそう、マリッジブルー」 「ん、そうだね。そうなんだと思う」 4人でいる時間はあっという間に過ぎていく。私がいない間にサプライズで用意してくれていたデザートプレートと、小さな花束とルームフレグランスのプレゼントに感激して泣く私を取り囲んで写真を撮って、解散した。 バスで自宅まで戻ると、偶然玄関の前で徹と出くわしてしまった。徹もどこかに出かけていたのだろうか、昨日のラフな格好とは違って今日はブラックのポロシャツに細身のチノパンで、シンプルだけど徹のいいところを上手に引き出しているような格好だ。ふと、そういえば手に花束を持っていたことを思い出して、慌てて背後に隠す。 「あれ、おかえり。出掛けてたんだ?」 「うん、雛乃たちと会ってたの」 「ああ藤川さんたちか、仲良かったもんねえ」 「・・・徹も、出掛けてたの?」 「そうだよ。元バレー部の集い。マッキーとかね、みんな結構集まってた」 「そりゃあ徹が来るってなれば集まるでしょ」 「まあね、みんなの人気者及川さんだからね。花束どしたの?誰か誕生日だっけ?」 「え!?あ、えっと、おばあちゃんが、そう、誕生日だから・・・」 「そっか、じゃあ俺からもおめでとうって伝えといて。じゃあまた後で、迎えに行くね」 「ん、ありがと。じゃあまたあとで」 ひらひらと手を振って家の中に入っていく徹の背中を最後まで見つめてから、私も扉を開く。花束隠したの、わざとらしかったかな。靴を脱いでいたらバッグの中のスマホが震えて、LINEメッセージの受信を告げた。ポップアップ通知を見ると徹からで、「20時に迎えに行くね〜☆」なんて軽快なメッセージだったから、たぶんきちんと誤魔化せたんだろう。 軽く晩ごはんを食べて、メイクを直して岩ちゃん家に向かう準備をする。何も持たずに行くのもなあと思って、昨日の晩から仕込んでおいたピクルスのタッパーを包んでいたら、玄関のチャイムが鳴った。徹だ。お母さんが玄関に向かって「あらあら徹くんったら相変わらずイケメンねえ!おばさんがもうちょっと若かったらね」なんてテンション高く話しているのを聞きながら、タッパーを紙袋に詰める。 「いやいやおばさんも昔と全然変わらないじゃないですかあ」 「やだ徹くんったら!褒めても何も出ないわよ」 「ちょっと2人とも、お父さんが微妙な顔してたからやめてあげて」 「もうお父さんってばすぐやきもち焼くんだから。じゃあ徹くん、をお願いね。一くんにもよろしく伝えて頂戴」 「はい、お預かりします。準備出来た?」 「ん、もう大丈夫だよ。じゃあお母さん行ってくるね」 「はいはい気をつけて行ってらっしゃい」 お母さんに見送られて玄関を出ると、昼間よりかは和らいでいるものの、生温かい夜風が吹いて全身にまとわりつく。虫の声がどこからか響く夜の住宅街で、昨日と同じように徹が開けてくれたドアから助手席に乗り込んだ。昨日と同じミントの香り、昨日と同じアーティストの歌声。エアコンは使わずに開け放した窓から車内に入り込む風は、玄関を出た時の夜風とは違って心地よい。 「あっ、ー、岩ちゃんにさ、なんか買ってくモノあるか聞いてくんない?」 「んー分かったー」 「それにしても、ほんと俺たち大人だよねえ」 「なに、どしたのいきなり」 「いやあ、だってさ、こうして車運転してさ、お酒飲むんだよ。あの頃は想像してなかったじゃん」 「まあ確かに。まさかあの徹がね、こんな大人になるとは全然想像してなかったなー」 「ちょっと、それどうゆうイミ!?第一だってさ、大人になってんでしょー」 「そうだねえ・・・あ、岩ちゃんからね『ビールと日本酒とツマミはあるから他にいるもんあれば』だって」 「何かいる?」 「梅酒欲しいかも」 「じゃあコンビニ寄ろっか。ついでに俺もなんか買おっと」 結局コンビニで梅酒とワイン、おつまみを追加でいくつかとアイスクリームを買って岩ちゃん家に到着した。徹には申し訳ないけれど既に車内で缶チューハイを一本消費した私は既に上機嫌で、玄関を開けた岩ちゃんが怪訝な顔をする。そんな岩ちゃんを無視して靴を脱ぐと、今日は在宅している岩ちゃんのご家族にきちんと挨拶をしてから岩ちゃんの部屋に乗り込んだ。部屋の中央には小さなテーブルの上に所狭しとビールやら日本酒やらが乗っかっている。別に私お酒飲むの好きだし弱くはないから何の文句も無いけれど、岩ちゃんは何を思ってこんなに大量のお酒を用意したのだろう。普通女の子がいる飲み会でビールとか日本酒ばっかりってあり得ないと思うんだけどなあ。そう言ったら、岩ちゃんにでこピンされた。 「既に缶チューハイ一本飲んでくるような奴は『女の子』とは言わねーんだよ!」 「うっ岩ちゃんヒドイっ!せっかくピクルス作ってきたのに、岩ちゃんにはあげないぞ」 「そうだそうだ!俺とで食べちゃうもんね!」 「え?徹にもあげないよ?全部私が食べちゃうもん」 「はいはいどうでもいいからさっさと座れお前ら」 「はーい・・・よっこいしょ、さてさて、じゃあひとまず乾杯といきましょうかね」 「ちょっ、もうビール持ってるし!何なのこの子!!」 「飲み過ぎには気をつけろ部屋を汚すな俺に迷惑をかけるな、以上だ」 「よしっ、じゃあかんぱーい!!」 缶ビールのプルタブを引っ張って、喉に流し込む。やっぱり夏場のビールは最高だ。結局用意したピクルスはテーブルの真ん中に鎮座して、岩ちゃんや徹の口にひょいひょいと吸い込まれていた。私もピクルスやポテトチップスをつまみながら、思い出話やら近況やら、取りとめのない話題に興じ続ける。 徹と岩ちゃんにまだ言えていないこと、いつ言い出そう。今なら言えるかな、やっぱり無理。そんな逡巡を繰り返しているうちに時計の針は大幅にてっぺんを回り、カレンダー的には明日が訪れていた。私の目の前にはもう何本目か分からないビールの空き缶と、空のお猪口が転がっている。 「ねえねえ3人で写真撮ろうよ!」 「はぁ!?高校生でもあるまいし、んな恥ずかしいこと出来るかグズ川!」 「出た!岩ちゃん必殺悪口略し!!」 「うっせーグズ及川!」 「言い直さなくていいんだけど!ね、も写真撮ろうよ、今日の思い出に、ね!」 「ん、撮る。写真、撮ろうよ3人で。ね、岩ちゃん!」 「・・・しゃーねーな」 「よしっ、じゃあが真ん中で、・・・と、岩ちゃんもうちょっと寄って!見切れてる!」 「もうそんな恥ずかしがる間柄じゃないでしょ!ほらっ」 「ばっ、ちょっコラ!腕組むな!!」 「いいじゃんいいじゃん仲良しっぽくて、ほら撮るよー・・・はい、チーズ!」 徹が精一杯腕を伸ばして自撮りした3人の写真は、お酒のせいもあるのか何回撮ってもブレていて、唯一まともに撮れた写真を徹がその場でLINEで送ってくれた。私が真ん中、徹が右側、岩ちゃんが左側。私たち3人が一緒にいるときはいつもこの並びだった。それは今でも変わらない。なのに、私はどうしようもない変化を迎えようとしている。それを言い出すのが怖い。この関係が、壊れてしまうのが嫌なんだ私。ずっと、こうやって、3人で仲良く笑顔でいたいのに、子供の頃純粋に願っていたそれは、きっと叶わない。不意に、自分の目から涙が溢れるのを感じた。 「・・・っ、」 「えっ!ちょっと、どしたの!?なに、あれ?写真気にいらなかった!?!?」 「〜〜〜っ、う、うぇ、ひっぐ、・・・!」 「おいどうしたんだよ急に、ちょっ泣くなって、なんだよ、落ち着け、な?」 突然泣きだした私に、徹と岩ちゃんが慌てて私の頭を撫でたりティッシュを用意してくれる。本当に、優しくてあったかくて、だけど胸が苦しくなる、そんな2人。でもそんな2人が大好きで、ずっとこのままでいたくて、私は変わりたくない。そんなのは単なる私の身勝手な我儘だって分かってる。だけど、それでも、私はそう願ってしまうのだ。 大人になんて、なりたくなかった。 結局なかなか泣きやまない私は岩ちゃんの言うままに布団に横になって、懐かしい岩ちゃんのにおいがするブランケットに包まって目を閉じた。もし次に目を開けても、明日が来なければいいのに。ずっと、今日が続けばいいのに。徹と岩ちゃんが、ずっと私の傍にいてくれたらいいのに。 岩ちゃんにぽんぽんと頭を撫でられながら、私は意識を手放した。 ![]() ◄ 昨日に戻る|明日に行く ► |